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久しぶりにこういう人に会えました。
餓えた人です。
といっても腹が減っている訳ではありません。
この人が飢えているのは「表現する事」に。
彼の名前は坂井シェフ。
微妙な火加減を調整することでいろいろな素材のうまみを引き出すの料理方法を
用いているのですが、
このシェフの特徴は、薪の火を使うということ。
薪の火を使う、と言うとどうしても、
ざっくりとした荒々しい料理のように思えるかもしれませんが、
実は繊細そのもの。
電気や、ガスならまだしも、薪の火を調整することなんてそう簡単にはできません。
厨房の中での作業を初めて拝見させていただいたとき、
正直、「ここまでするんだ〜」と思いました。

彼は薪の火を経験と感性でコントロールしながら調理していました。
そして、もっと火加減の精度をあげて調理をするためには、
その環境を整える必要がある、と考えた結果
厨房を含むお店全体の改装を考えたのだそうです。
お店の改装の話を頂いた時、
一番はじめに言われたのが


「もっと精度をあげた料理を作りたいんですよ。」
「今の厨房でできることはやりました。このまま続けても
 この厨房を言い訳にしてしまう可能性があるんです。
 自分が言い訳ができないくらいの厨房の環境が必要なんです。
 今以上の火加減の精度を出すためにはオリジナルの焼き台が
 必要です。それをを作っていただけませんか。」
  そう語ってくれました。

「あと、今は店内に薪の香りが染み付いています。
 でもそれは本意ではありません。
 この店内に付いた薪の香りのせいで、どの料理にも
 薪の香りが付いているようにお客様は感じてしまいます。
 薪の香りをつけた料理とそうでない料理のメリハリを
 出すためにも、店内には薪の臭いをさせたくないのです。」


つまり、もっと食べる人達に美味しいものを提供したい、
という料理人の根本的な欲求、つまり飢えを
坂井シェフの中に感じました。

小さい店内ではなかなかこれは難問でした。
排気を強くすれば薪の煙は外に出す事ができますが、
そのためには吸気の量を確保する必要があります。
しかし、その代償として店内にも外気が入るため
店内が冬は寒く、夏は暑くなってしまいます。
だから排気のコントロールをするために
大きな排気量のダクトにインバーターをつけて
煙の量に応じて排気量をコントロールできるようにしました。
焼き台はスペインのバスクにあるエチュバリというお店の焼き台を
参考にデザインを考えました。
ハンドルをまわすと焼き位置が上下するようにしてほしい、と
エチュバリの焼き台の写真を見せていただきました。
エチュバリはかつて坂井シェフが働いていたお店です。
排気のインバーターにしても焼き台にしても
作ることはそんなに難しい訳ではありません。
しかし、それを一人で料理をしている最中にコントロールすることは
誰にでも出来るわけではありません。
恐らくものすごい集中力を要します。
ライブのような調理方法。
薪は乾燥の加減により煙の出る量や火の上がり方が違います。
薪の火加減を調整するだけでも集中力を要するのに、
厨房で焼くものに応じて吸排気の調整の為に
排気インバーターを調整し、
時に吸気の為に窓の開け閉めを行って煙の調整をする。
正直、普通の人にはオススメしない設備ですが、
坂井シェフなら使いこなしてくれるでしょう。



彼は、山菜を獲りに自ら山に入ります。
野菜のために地方の農家さんのところに通います。
美味しい素材が手に入るまで努力を惜しまない、
それを美味しくする努力を惜しまない
彼の素材や料理に対する真摯な姿に私自身も勇気づけられました。

かつてジョンレノンが無名の時
「神様、ここに天才がいる。早く見つけてくれ」
と夜空につぶやいたそうです。
坂井シェフの厨房での仕事ぶりを拝見したとき、
私もジョンレノンと同じ事を思いました。
「ここに天才がいる。早く見つけてくれ。」

 

今回の仕事は飢えた坂井シェフが表現するための
道具をつくること。それはとても光栄なことでした。
彼が料理を通じてどんな表現をするのか本当に楽しみです。

このお店の魅力は坂井シェフの料理ですが、その料理を美味しく食べるための
ガイドをするのがソムリエの西川さん。
西川さんはソムリエの養成学校の先生もしているので、
知識はもちろん、いろいろな角度でワインと向き合ってらっしゃる方。
最高のソムリエの定義はいろんな見解があると思いますが、
坂井シェフの料理において、彼は最高のソムリエであるようにおもいます。
それは、なにより、西川さんのワインの知識や経験ではなく、
(もちろんそれも凄いのえすが、)坂井シェフの料理の最高の理解者であり、
一番のファンだからこそ、自らの役割をよく理解されているのだと感じました。

 

ワインにおいてお互いの長所を引き出し、素材の持ち味を最高に生かした、
というほめ言葉をマリアージュというそうですが
このお二人の料理とワインはまさにマリアージュなのかもしれません。
この共演は日本でもここでしか味わえないものだとおもいます。
是非とも一度味わってください。